代表:​八幡 真弓 プロフィール

​※性暴力について書いてありますので、フラッシュバックの可能性等ある方はご注意ください。
私が『顔』を出す理由。
 
私は、被害の前後にたくさんカメラを向けられ、その後も長い間リベンジポルノのリスクに苦しめられました。
その結果、私はこの誰もが写真を気軽に楽しむ時代に、スマホのレンズがこちらに向くだけでフィラッシュバックが起こるようになっていました。

今も、リベンジポルノのリスクが消えた訳ではありません。

私は、この状況から脱しようと、たくさん考え、考えた末に、自ら元気そうな写真を撮り公開することにしました。

また、
私の姿が「元気そう」であることによって「​被害者」=「特殊で、弱っていて、痛々しい」といった偏ったイメージを変えることに役立ったら嬉しいなとも思っています。

​by Mayumi Yahata
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​名前 : ​八幡 真弓

praise the brave代表。フェミニスト。DV・性暴力被害者支援員。整理収納アドバイザー他

複雑性PTSD(気分循環障害、特定不能の解離性障害:Unspecified Dissociative Disorder)

仕事用webサイトは「Mayumi Fabrik」

 

◇1977年

東北生まれ。親と離れた場所で幼少期を過ごし、12才から女性支援活動の母・弟・義父と同居。

◇18才〜

自立しホステスとして働く。そのかたわら被害者支援活動も実施。同時期、同業男性からDVをうけたが誰にも相談せず、数年後に脱却。

◇24才 東京へ転居。昼・夜とダブルワークをして生活。

◇20代後半 結婚

◇30代 WEBPR(ネット中継が中心事業)のひとり会社を設立。

◇30代中頃 被害に遭う

同業界内の年配男性よりレイプ被害に遭う。被害は継続して長期的におよんだ。期間中、写真や動画も撮影される。家庭的/社会的/職業的信頼を失うことを恐れ、一人で抱えて表面上は取り繕い続ける。

被害により帰宅できない状況が続き、夫とは離婚。会社の経営状況も加害の影響をうけ正常ではなくなる。(詳細は控える)

◇被害から数ヶ月後

夜、茫然自失(解離状態)の状態で歩道橋にあがり、自死しようとしていたところで我に返る。

命の危険を感じ、仕事など全てを中断し被害地から離れる。

◇その後、約1年間

PTSDの症状が酷く引きこもって生活。パソコンも一切ひらけず、リベンジポルノのリスクにも苦しむ。その状況を周囲に悟られまいと、SNSにはスマートフォンをから「正常(健康)」を装った投稿を続ける。

◇被害から、約2年目以降

社会復帰しようと就職活動をするがうまくいかない。生活面や人間関係も混乱。

◇被害から、数年後

知人が多くいた「支援現場」に就職して社会復帰。

弁護士への相談も開始し、一部の事項について弁護と加害者の間で交渉が始まる。

◇被害から6〜7年 30代後半

弁護士と加害者との交渉は膠着状態となり6〜7年が経過。

その間、ワーカホリックのように働くが、万全ではなく働いては、寝込むを繰り返す。

◇2017年 健康状態(PTSD)が著しく悪化し、休養・休職。

トラウマケアの専門医にかかり本格的に治療を開始。また、海外出身の友人との接点から、自分の状況のおかしさを再認識できるようになる。

◇2018年

弁護士をかえて、自分が、法的に何ができて、どのような結果なら得られそうなのかを、改めて確認。塾講の末、加害者へ(当時)できると判断したことを実施。(詳細は控える)

自信を持って生きたいと考え『自分に本当に必要なこと』をしようと、praise the braveの活動を開始

◇2019年9月10日

機会があり「フリーランスのセクハラ当事者」として記者会見でお話しした。その時の報告は→こちら

(時期については、意図的に曖昧な記述をしております。)